はじめに
この記事では、全9回にわたる連載「ネットワーク可観測性エンジニアへの道」の総仕上げとして、これまで学んだ知識を現場の課題解決にどう活かすかという、最も実践的なテーマについて解説します。
長い旅路も、いよいよ今回が最終回です。第1回の序論から始まり、Ping/SNMPといった基礎からFlow分析、クラウド監視、そしてAPI連携という最前線の技術まで、次世代のネットワーク監視に求められるスキルセットを体系的に学んできました。
最終回となる本記事が、皆さんの手元で輝き続ける「羅針盤」となり、日々の業務で直面するであろう様々な課題を解決するための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
ネットワークオブザーバビリティ実践のための「逆引きリファレンス」
これまでは技術要素を一つずつ順番に学んできましたが、実際の現場で起こる問題は、もっと複雑で多面的かと思います。そこで、この章では視点を変え、「現場でよくある課題(シナリオ)」を起点として、どの回の知識や技術が解決の鍵となるかを逆引きできるように整理しました。
シナリオ1:「最近、特定のWeb会議がカクカクするとユーザーから報告があった…」
多くのエンジニアが一度は経験するであろう、典型的かつ原因特定が難しい問題ではないでしょうか。このような体感的な問題に対し、オブザーバビリティのアプローチでは、データを元に一つずつ可能性を切り分けていきます。
以下のMermaid.jsコードは、このシナリオにおけるトラブルシューティングの思考フローを図示したものです。対応するエディタやプラットフォームに貼り付けることで、フローチャートとして表示できます。
graph TD
    subgraph シナリオ1: Web会議がカクカクする
        A(ユーザーから報告) --> B{Step 1: 機器は正常?};
        B -- No --> C["物理/性能問題の調査<br>(ケーブル破損/CPU高騰など)"];
        B -- Yes --> D{Step 2: Syslogに異常は?};
        D -- Yes --> E["ログから原因調査<br>(再起動/リンクダウンなど)"];
        D -- No --> F{Step 3: 他の通信が帯域を圧迫?};
        F -- Yes --> G["Flow分析で特定した通信への対策<br>(QoS/利用時間制限など)"];
        F -- No --> H{Step 4: クラウド側に問題は?};
        H -- Yes --> I["クラウド側の設定確認<br>(VPC Flow Logs/セキュリティグループなど)"];
        H -- No --> J[さらなる詳細調査へ];
    end
    %% --- 参照記事へのリンク設定 ---
    click B "https://newrelic.com/jp/blog/how-to-relic/network-observability-for-engineers-02" "第2回 Ping/SNMP" _blank
    click D "https://newrelic.com/jp/blog/how-to-relic/network-observability-for-engineers-03" "第3回 Syslog" _blank
    click F "https://newrelic.com/jp/blog/how-to-relic/network-observability-for-engineers-04" "第4/5回 Flow分析" _blank
    click H "https://newrelic.com/jp/blog/how-to-relic/network-observability-for-engineers-06" "第6回 クラウド監視" _blank- Step 1: そもそも機器は正常?(→ 第2回 PingとSNMPで機器の"健康診断")- まずは基本に立ち返り、ユーザーの拠点からWeb会議サーバーまでの経路上にあるルーターやスイッチがPingで疎通できるか、SNMPで取得したCPU・メモリ使用率やインターフェースのエラー/廃棄パケットカウントが異常値を示していないかを確認します。ここで問題があれば、ケーブル破損などの物理的な故障や機器の性能限界が疑われます。
 
- Step 2: 機器が何か"つぶやいて"いないか?(→ 第3回 Syslogで機器の"つぶやき"を聞く)- パフォーマンスデータに異常がなくとも、機器は重要なメッセージを発しているかもしれません。Syslogを確認し、問題の時間帯にインターフェースのダウン/アップや機器の再起動といった、通信に直接影響を与えるログが出力されていないかを調査します。
 
- Step 3: "犯人"は誰だ?(→ 第4回 Flow分析で通信の"犯人"を探す, 第5回 Flow分析ツールで通信を"見える化")- ここからがオブザーバビリティの真骨頂です。Flow分析を用いて、問題の時間帯にネットワーク帯域を最も消費していた通信は何かを特定します。「Web会議のトラフィックそのものが想定以上に多い」のか、それとも「Windows Updateのような別の巨大な通信が帯域を圧迫し、Web会議の通信を阻害している」のかを明確に切り分けることができます。
 
- Step 4: クラウド側に問題はないか?(→ 第6回 クラウドネットワーク監視の実践)- もしWeb会議のシステムがクラウド上で稼働している場合、オンプレミス側だけを見ていては不十分です。VPC Flow Logsなどを活用し、クラウド側の仮想ネットワークゲートウェイやセキュリティグループで、意図せずパケットが破棄されていないかを確認します。
 
この切り分けによって、「特定の端末からのバックアップ通信が原因だった」と特定できれば、QoS(Quality of Service)でWeb会議の通信を優先させる、といった具体的な次のアクションに繋げることができます。
シナリオ2:「監視を"仕組み化"して、もっと楽をしたい!」
日々の監視業務に追われるだけでなく、より戦略的な仕事に時間を使いたい、と考えるのは全てのエンジニアに共通する願いかと思います。その鍵を握るのが「自動化」です。
- ゴール1: 定型レポートを自動生成したい(→ 第7回 NRQLとAPIでデータを自在に操る)- 「先月の拠点別トラフィック使用量トップ10」のようなレポート作成は、まさに自動化すべきタスクの代表例です。NRQLでダッシュボードを作成し、その共有リンクを関係者に送付するだけでなく、NerdGraph APIを利用してダッシュボードのスナップショット(PNG画像など)を生成し、定期的にレポートツール(例: Slackやドキュメントツール)へ自動投稿したりすることで、手作業によるレポート作成から解放されます。
 
- ゴール2: もっと賢いアラートを設定したい(→ 第7回 NRQLとAPIでデータを自在に操る)- 「100Mbpsを超えたら通知」といった静的な閾値だけでは、正常な業務時間中のトラフィック増を誤検知してしまうことがあります。しかし、New Relicが提供するAnomaly(異常検知)のアラート条件を活用すれば、機械学習によってデータの過去の振る舞いをモデル化し、「予測される正常な範囲から著しく逸脱したらアラート」といった、よりインテリジェントな検知が可能になります。
 
- ゴール3: ベンダー独自の有益な情報も監視データに加えたい(→ 第8回 ベンダーAPI連携の実装)- Interop Tokyo 2025で私が実際に各ベンダーブースでヒアリングしてきた通り、今後のネットワーク監視はベンダープラットフォームとの連携が不可欠です。例えば、Cisco MerakiのAPIを叩けば、どのユーザーがどのWi-Fiアクセスポイントに接続しているか、といったSNMPでは取得できないリッチな情報を得られます。これをFlowデータと組み合わせることで、「誰が・どこで・どのような通信をしていたか」までを可視化し、トラブルシューティングを劇的に高速化できます。
 
オブザーバビリティのその先へ:エンジニアとしてのネクストステップ
本連載を通じて、皆さんは次世代のネットワーク監視を実践するための強力な武器を手に入れました。しかし、これはゴールではなく、新たなスタートラインです。最後に、皆さんがエンジニアとしてさらに飛躍するためのヒントをいくつかご紹介します。
- 技術を「文化」に昇華させる- 素晴らしいダッシュボードを作っても、それを見るのが自分だけでは効果は半減してしまいます。可視化したデータをチームで共有し、「このデータから何が言えるか?」「どうすれば改善できるか?」を議論する文化を醸成することが重要です。ネットワークの状況を誰もが理解できる言葉で説明し、ビジネスの意思決定に貢献することこそ、オブザーバビリティの最終目標と言えるでしょう。
 
- 学びを止めない- ITの世界、特にネットワーク技術のトレンドは日進月歩です。SASE(Secure Access Service Edge)やZTNA(Zero Trust Network Access)といった新しい概念が登場する中で、「それらをどう可視化するか?」という問いは常に生まれ続けます。ぜひ、コミュニティ活動や勉強会にも積極的に参加し、知識をアップデートし続けてください。
 
- 全体像を俯瞰する- 今回我々が旅してきたのは、「オブザーバビリティ」という広大な世界におけるネットワークという一つの領域です。しかし、New Relicのようなプラットフォームは、APM(Application Performance Monitoring)やInfrastructure Monitoring、Log管理など、システム全体を網羅する機能を持っています。ネットワークのデータとアプリケーションのデータを紐づけることで、初めて見えてくる問題も数多く存在します。ぜひ、隣接領域にも興味を広げ、システム全体を俯瞰できるエンジニアを目指してください。
 
おわりに
全9回にわたり、本連載にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
私たちはこの連載を通して、ネットワーク監視がもはや単なる「守り」の活動ではなく、システムの安定性を高め、ビジネスを加速させるための「攻めの武器」となり得ることをお伝えしてきました。Pingの一打から始まった小さな一歩が、API連携による自動化という大きな飛躍にまで繋がる、そのエキサイティングな道のりを少しでも感じていただけたなら幸いです。
技術は常に進化し、昨日までの常識は明日には過去のものとなるかもしれません。しかし、データを元に事象を正しく理解し、仮説を立て、検証するというオブザーバビリティの根本的な思想は、これからも変わることのない普遍的なスキルです。
この連載が、皆さんのエンジニアとしてのキャリアを切り拓く、確かな一助となることを心から願っています。
本ブログに掲載されている見解は著者に所属するものであり、必ずしも New Relic 株式会社の公式見解であるわけではありません。また、本ブログには、外部サイトにアクセスするリンクが含まれる場合があります。それらリンク先の内容について、New Relic がいかなる保証も提供することはありません。
 
  