
「ネットワーク監視」と聞いて、皆様はどのようなイメージをお持ちでしょうか。
サーバーの死活監視、トラフィックグラフとのにらめっこ、あるいは障害時のための「お守り」のような、少し地味で守りの運用というイメージが強いかもしれません。
もちろん、その重要な役割は今も昔も変わりません。しかし、もしそのイメージしか持っていないとしたら、少しもったいないかもしれません。クラウド化やサービスの複雑化が進む現代において、ネットワーク監視は**"再発見"**され、エンジニアにとって最も刺激的で価値ある分野の一つに生まれ変わろうとしているからです。
この連載「ネットワーク可観測性エンジニアへの道」は、その最前線へ皆さんをご案内するための、いわば冒険の地図です。本記事では、記念すべき第1回として、なぜ今ネットワーク監視が注目されているのか、その技術的な背景と今後の展望について解説します。
全ての基本、そして今なお重要な「SNMP」
冒険の旅に、確かな装備と基本の習熟が欠かせないように、ネットワーク監視にも揺るぎない基本が存在します。それがSNMP (Simple Network Management Protocol) です。
人間が定期的に健康診断を受けるように、ネットワーク機器が「元気」かどうかをチェックする。CPUやメモリの使用率、インターフェースのエラー数やトラフィック量などを定期的に確認する。この基本が、安定運用の土台であることに異論はないでしょう。この連載でも、まずはこの重要な基本から学んでいきます。
しかし…「健康診断だけでは、わからないこと」
ところが近年、この「健康診断」だけではわからない、複雑な問題が増えてきました。
- 広帯域化: 今や1Gbps/10Gbpsの回線は当たり前となり、データセンターなどでは400Gbps/800Gbpsといった超高速ネットワークも普及し始めています。これにより、従来の監視手法に技術的な限界が見えてきました。 例えば、SNMPで通信量を計測するために長年使われてきた32bitのカウンターを考えてみましょう。このカウンターは、帯域をフルに使い切った場合、10Gbpsの環境ではわずか約3.4秒、そしてより身近な1Gbpsの環境でさえ約34秒で最大値に達し、ゼロに戻ってしまいます(カウンターラップ)。 一般的な5分(300秒)間隔のSNMPポーリングでは、10Gbps環境ではカウンターが何十周もしてしまい、1Gbps環境ですらバースト的なトラフィックが発生すれば、正しい通信量を測定できなくなるリスクを常に抱えているのです。
10Gbpsの帯域では、SNMPの32bitカウンターはわずか3.4秒で1周してしまいます。
- 複雑化: マイクロサービスやクラウド環境では、無数のサービスが複雑に通信しあっており、どこがボトルネックになっているのか特定が困難になった。
「機器のパフォーマンスは正常なのに、なぜかアプリケーションが遅い」といった、原因不明の事象に遭遇した経験はないでしょうか。
市場が示す、監視の"進化"(Interop Tokyo 2025より)
この変化は、私たちの肌感覚だけではありません。先日(2025年6月)開催された国内最大級のネットワークイベント「Interop Tokyo 2025」では、この動向を裏付ける決定的な潮流が示されました。
主要なネットワークベンダー各社が、従来のSNMP中心の監視から、自社開発のクラウド管理プラットフォームとAPIを主軸とした戦略へ、大きく舵を切っていることが明らかになったのです。
しかし、これは「SNMPの終わり」を意味するものではないでしょう。むしろ、SNMPという土台の上に、よりリッチなデータを多角的に得るための**「監視の進化」が始まった、と捉えるのが自然かと思います。このような状況の中、特定のベンダーに依存せず、複数のプラットフォームからデータを集約・分析できるオブザーバビリティプラットフォーム**の役割が、ますます重要になっています。
「監視」から「可観測性(Observability)」へ
こうした新しい課題と市場の動向に応えるキーワード、それが**「ネットワーク可観測性(Observability)」**です。
これは、従来の「監視(Monitoring)」が「既知の問題(CPU使用率など)が起きていないか」を点で見るものだとすれば、可観測性は、SNMP(健康診断)という土台の上に、
- Syslog(機器のつぶやき)
- Flow(通信の交通量調査)
- API連携(外部プラットフォームとの対話)
といった多様な情報を積み重ね、システム内部で「なぜそれが起きているのか」を問いかけ、探求できる能力、いわば立体的な理解を目指すアプローチです。
この連載で、あなたが得られること
この連載「ネットワーク可観測性エンジニアへの道」では、先進的なオブザーバビリティプラットフォームを具体的なツールとして例に取りながら、ネットワーク可観測性を実践できるエンジニアになるための道のりを、全9回にわたって徹底的にガイドしていきます。
SNMPという基本から始め、Syslog、Flow、クラウド連携、そして最新のベンダーAPI連携まで、一歩一歩、体系的にスキルを身につけていきます。本連載で解説する根底の考え方は、他のツールや環境にも応用できる普遍的なものです。
さあ、一緒にネットワーク可観測性の世界へ旅立ちましょう。
次回は、全ての基本となる『第2回:PingとSNMPで始める、鉄壁の機器"健康診断"』について、深く掘り下げていきます。ご期待ください。
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